ちょっとだけ冒険記

インドアな冒険ばっかしてるのです

【amazarashi】ごめんねオデッセイのPVが解釈違いだったのでオタク語りする

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賛否両論あるPVだけど、芸術から何かを汲み取ろうともせずクソだクソだ言うのも違うと思うので、自分なりの感想と意見論評を述べる。

 

まずは【ごめんねオデッセイ】という曲のタイトルと歌詞に込められた思い。オデッセイというのは、一般的には「長旅、冒険」という意味の比喩表現で使われているそう。「遥かな旅路」という言葉に置き換えてもいいと思う。安易だけどまぁ「人生」を比喩した言葉なのでしょう。

ごめんね、という言葉が未来に向けたものなのか、過去に向けたものなのか分からないけど、35歳の私は、過去の人生に向けられたものと受け取った。過去の失敗とか、昔描いてた夢だとか後悔とか、そういうもの対して「ごめんね、僕の旅路」という曲なのだと受け取っていた。

逆に、これからどこまでも何者にもなれる人であれば、未来に対して「ごめんね、未来はこんなにも明るいのに、僕は何者にもなれないどうしようもないやつだ」という意味で受け取る人もいるかもしれない。若いスポーツ選手とかプロゲーマーとか、一日に何時間も費やしても強くなれない、勝てない、というのを「ごめんね、僕の旅路」というふうに嘆く心象を描いた言葉、と説明するのもしっくりくる解釈だ。

いずれにしても、「ごめんねオデッセイ」という言葉には、何かしら後悔や反省の意味が込められてるものだと思う。謝ってるんだから当たり前だけど。

 

思ったんだけど「ごめん」って普段から「ゴメンゴメン」って同僚に軽く言えたり、「あーゴメンね」みたいに奥さんに詫びたり、人間関係を構築してないと出てこない言葉だね。「申し訳ございません」「お詫び申し上げます」は現代だとよく聞く言葉だけどね。

 

楽曲の歌詞にしても、

「行けども行けども 降りづむ雪ばかり

 終わりは見えない ごめんねオデッセイ

 あの春まばゆい 淀みない ともしび

 ここは寒い ください 木漏れ日を」

 

というサビがあります。想定、想像していた旅路と違う、けれども生きるためには歩かなきゃいけない。凍えそうな路程に、一粒の希望を求めるような。楽曲全体からそういう「何かしらの強い意志と、進むためのモチベや希望を渇望する」といった、そんなメッセージ性がある楽曲です。

 

それを踏まえて今回のPVについて。登場人物が、

・通勤中に出社が無理になるほどストレスを抱える男性サラリーマン

・パパ活しながら、友達と自堕落な生活を過ごすダウナー女子

・昔、イジメにキレて暴行事件を起こしたことを悔やむ若い男性

・(おそらく)男遊びがやめられない薄幸そうな美人の女性

・ひたすら絵を描く女性

おそらく第一印象で受けるイメージもこの程度だと思う。とりあえず今の解像度ではこんな感じ。

 

まずこのPVで目につくのが、映像全体に漂っている【東京の暗く、淀んだ、闇】だろう。いや、東京かは分からないけど。大阪?名古屋?ここどこ?

いずれにしても、大都会で消耗している若者たちが描かれていて、非常にリアリティがあるものになっている。多分、こういう人たちっていっぱいいるんだろうなぁ、みたいな。実際に知り合いで、「(子供がいるのに)離婚する前から、20年近く男遊びがやめられない、美人(?)」はいるから、見る人によってはアイツみたいだ、とか、俺みたいだ、なんてこともあると思う。

 

根も葉もないんだけど、なんというか、こういうのって見たくないものだよね。最終的に何か救いのあるような作品になっていればまだマシなんだけど、PVでは最後に惑星や星雲の写真を並べて、「宇宙からすれば、我々はちっぽけな存在なのデース」みたいな締め方で終わる。

正直、菜食主義者が肉を食う人の前で屠畜場の写真を並べて、「あなたたちは野蛮だ!動物虐待だ!真実から目を背けるな!!」って扇動してるような、第一印象はそんな印象でした。

 

青森に住む35歳のおっちゃん(わい)からすれば、ハッキリ言って知らんのよ。こんなの。

仕事で無理になることは田舎に住んでたって時々あるし、昔イジメられて暴行事件を起こしてなんて経験もあるけど、そんなん誰だってあるのよ。普通のことよそんなの。

別の曲の歌詞で「君の辛さを平凡にしたがる 人の無自覚が誰かの辛さになる」とはあるものの、それを人にひけらかしていいかってのは別の問題だと思う。このPVだと弱い立場の人たちを利用して政治活動してる、胡散臭い人たちみたいな臭さがあるよ。

 

そんで、PVに出てくる男性2人と絵を描いてる女性はまだいいの。日常生活を必死に過ごしてたり、ひたむきに自分の表現欲と向き合っているから。

場違いなのはパパ活女子と男遊び女。この二人は楽曲に込められた「何かしらの強い意志と、進むためのモチベや希望を渇望する」って要素が

全く無いだろうがい!!!!!!!

 

どこに「ごめんね」って謝ってる要素があるの!?自堕落な生活を送ってる人間には相応しくないんじゃこの曲は!!!!

というかこういう女はamazarashi聴いたって、アングラな感じを分かったふりして聴くか、お経wwwって小馬鹿にするか、どっちかなんだよ。

よほど改心しないと、こういう子たちがamazarashiに共感するのはムリ。共感するなら男遊びをやめろ、街コン行け。パパ活止めろ、生活できないなら田舎で真面目に働け。

 

確かにamazarashiは自堕落な人間に対しても「生き残ってくれないか」と手を差し伸べるかもしれない。けれど、自堕落な人間はその手を取ろうとは決してしない。今の生活が嫌だなぁと思っていても、頑張ってまで自堕落な生活を捨てようと思わないから。

 

というわけで解釈違いな点があるPVではあったけど、写真のみで生活感を表現する試みは、私は良いと思ったし、大都市の場末の闇を切り取られた写真はプロでしか撮れないもののように感じた。(ほんとぉ?)

せめてパパ活女子はいらんから、東京の田舎の写真とか、「あの春 まばゆい 淀みないともしび」を感じさせる写真があれば、マシだったと思う。キレイな思い出とかでも良かったと思う。それか青森とかどうでしょう。なんもないけどキレイなとこありますよ。ロケして金落としていって下さい。

 

締めると、このPVだと「人間社会ってこんなにも醜いんですよぉ~www」ってやってるようにしか見えない。いや醜いのはそうだけど、パパ活女子はジャンルが違うだろ。

田舎に帰れ。

 

※追記

 

Twitterのタイムラインで流れてきてうわぁ...と思ったんだけど、

 

パパ活のシーン

ここの歌詞が「つながりたいから握った手のひら」なんですけど、

 

言葉遊びしてんじゃねぇえええええええ!!!!!!!

 

ホントに腹立った!繋がりたいのはオッサンの方だし、オッサンだって手をサワサワしたくて手を繋いでるんだろうが!!!!!!!!!

女の子の方から手を繋ぎたい要素ある????!!!!!????

キモいおじさん構文メールの写真もあるし、カネのために仕方なしに手を繋いでるんじゃないの!?!?!?!?!!?!?!?!

 

さっすがにキモすぎる!!どういう解釈したらこの写真をここに置いて...ってなるの!?

こんなん製作者のエゴしかないやん!!別の楽曲でやれ!!!!!

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