ゲームと音楽と子育てと

30歳を全力で青春する青森県民のお兄さんのブログです。

憂鬱になれる人っていうのはそれだけ成長のチャンスが多いってこと

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年度末。

 

またもや仕事で憂鬱な案件が出てきました。

 

まぁ、やはり淡々とこなすしかないんですけど、

休日まで憂鬱を引っ張ってしまっているので

なんかすごくもったいないなぁと落ち込んでます。

 

 

憂鬱っていうのは何度経験しても憂鬱ですよね。

ほんと「慣れる」ってことがないです。

 

 

憂鬱になるたび頭の中で、

 

「問題を自分の課題と他人の課題に分けて、

 他人の課題については悩まないようにする」

 

「どうせ数日後にはこの悩みも忘れている」

 

「どんなに完璧に仕事と生活をこなしていたって

 大災害や大事故が起きたら全て無価値になる」

 

なんて、今まで私が編み出した必殺処世術を使って

これまでもなんとか乗り切ってきましたけど、

今回は日頃のストレスのせいか少し滅入ってます。

 

とりあえずこれから晩酌する予定です。

 

 

ただ、ゴチャゴチャ考えているうちにまた一つ

新たな「憂鬱の乗り切り方」を思いついたので

忘れないうちに書いておこうと思います。

 

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憂鬱=成長のチャンス

 

 

私は高卒だしスキルもないしワープロ検定3級だし、

都会からみればその他大勢ではありますが、

私の住むクソ田舎では有料人材のように扱われます。

 

理由は不真面目なバカが多いからです。

 

 

田舎の村社会では感情論全開のクソオヤジたちが

集落や任意組合を仕切っていて、そこに残る人間も

マイルドヤンキーか土建屋の社長の親族などが多く、

私のような真面目で理屈っぽいタイプは珍しいです。

(決して真面目が良いとは思わないですが)

 

 

そういうパリピタイプの人間が多いので、

大人も同年代の奴らも反省や成長というものを知りません。

 

ミスをしたら誰かのせいにするし

文句を言うだけで解決しようとしないし、

人も町も成長どころか衰退の一途を辿っています。

 

 

そんな中で、私のようなクソ真面目タイプは

ウジウジ悩んで鬱になる危険もありますけど、

「何かに悩んでいっぱい考えられる人というのは

 成長できるチャンスもいっぱいある」

肯定的に考えることもできるなぁなんて思いました。 

 

「もっと自分がバカで悩まない性格ならなぁ」なんて

若い頃に失敗した時はよく思っていたんですが、

憂鬱になれるってのはある意味才能なのかもしれません。

 

 

自分でなに自分を褒めてんだって話ですけど

それくらい、世の中反省しない人は多いです。

 

今のこの憂鬱が年をとってからの糧になるし

憂鬱なのも人生だと割り切るしかないですね。

 

 

今悩んでることも来年ってか来週には忘れてるし

乗り切ればまた一つメンタルが強くなってるし、

ビバ憂鬱!憂鬱って最高じゃねえか!

 

まぁいくら頑張ってもゴチャゴチャ考えてしまうし

これから晩酌を開始したいと思います。

 

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